女性杜氏がこよなく愛す、日本酒が美味しく飲める至福の料理

仕事やモノづくりへのこだわりと同じく、食にも独自のこだわりを持つ職人をフィーチャーする「職人めし」。

記念すべき第1回は、愛知県岡崎市にある『柴田酒造場』の杜氏、伊藤静香さんにとっておきのレシピを伝授してもらうべく、酒の仕込みシーズンが始まる前に酒蔵を訪ねました。

創業190年という老舗醸造場で、女性でありながら酒造りのすべてを統べる杜氏という大役を担っている人物と聞き、さぞや貫禄のある…と想像しながら蔵を訪ねた某日。

「よろしくお願いします!」と元気に登場したのは、スラリとしてパッと明るい笑顔が印象的な女性。

一言二言会話を交わすだけで、一瞬で周りを和やかな空気してしまう。そんな魅力を持つ伊藤静香さんが、今回の「職人」です。

◎愛知県で唯一の女性杜氏になるまで

女性が「杜氏」をするというのは、この令和の時代でも非常に珍しいこと。

事実、愛知県に約50ある酒造場の中でも女性の杜氏は伊藤さんたった一人です。

伝統を重んじる酒造りの現場、酒蔵は女人禁制だった時代もあり、女性が杜氏を務めるというのは、ひと昔前では考えられませんでした。そんな男性社会であり、厳しい職人の世界に伊藤さんはなぜ飛び込んだのでしょうか?

「そんなに悲壮な覚悟で杜氏を目指した訳ではないんです(笑)。大学時代に和食屋さんでアルバイトをしていたのですが、『お客さんに日本酒をおすすめするなら、まずは自分で飲んでみないと!』と大将にいわれ、初めて飲んだ日本酒が、それはそれは美味しくて! そこからどんどん魅力にはまっていきました。実際に造っているところも見てみたいと、大将について酒蔵見学へ行って初めて蔵人さんを見た時に、なんてカッコイイだろう!と思って。そこから自分も日本酒を造ってみたい、と思うようになったのがこの道を目指したきっかけです」

しかし実際のところ、前述のように酒造りは男性社会。就職活動は簡単ではなかったといいます。

まず蔵人の求人がない。そこで、愛知県にあるすべての酒造場へ自分の熱意と想いをしたためたハガキを送ったと言う伊藤さん。しかしながら返事があったのはたったの2社だったそう。

「そのうちの一つがこの柴田酒造場でした。実際に面接に来て話をすると『君、おもしろいね』って言ってくれて(笑)。偶然にも岡崎は自分の地元でもありましたし、運命を感じましたね」

もちろん柴田酒造場でも女性の蔵人は初のこと。「女性だからできない、と思われることが悔しくて、とにかくなんでもやる! と心に決めてがむしゃらに頑張りました。幸い腕力と体力には自信があったので」と笑いながら話す伊藤さん。

男女関係なく、「背中を見て覚えろ」の職人の世界。貪欲に先輩たちの技や動きを間近で見て、必死に自分のものにしていく修行時代だったといいます。

出産で一時期は蔵から離れたものの、蔵人として7年、杜氏補佐として7年の修行期間を経て、3年前から名実共に柴田酒造場の杜氏に就任。

「歴史がある酒造の杜氏を務めるのは、やはり重みや責任を感じます。杜氏になって大切にしているのは、蔵人さんたちとのコミュニケーションです。旨いお酒を造るために技術を磨き、努力することはもちろんですが、酒造りに『和醸良酒』という言葉がある通り、蔵で働く人の関係性や人を想う気持ちってお酒の味に出ると思うんです。美味しい酒造りはいいチームでなければできません。柴田酒造場は本当にいいチームが出来上がっているので、ここで杜氏として酒造りできることは本当に私の誇りであり、幸せです」。

今後は創業200年に向けて、さらに旨い酒造りを追求していくとともに、柴田酒造場が大事に受け継いでいる日本古来の酒造りの手法「生酛(きもと)造り」を突き詰めていきたいという伊藤さん。そして、よりたくさんの人に日本酒の魅力を知ってもらうため、新しいことにもチャレンジしていきたいと話します。

「若い人の間では日本酒が敷居の高いものだと思われがちですが、私は型にはめないでもっと自由に日本酒を楽しんで欲しいと思っています。アルコールが濃いのが苦手なら水や氷を入れてもいいし、料理やスイーツに使うのもいい。最近は低アルコールのお酒造りなど、新しいことにも取り組んでいます。それぞれの感性、それぞれの楽しみ方で日本酒を好きになってもらえたら嬉しいですね」

<職人めし>レシピ紹介

ものづくりの活力の源は食にあり!

職人こだわりのレシピを参考に、ぜひ家でもトライしてみてください。

◎蔵人の賄い料理から発展した「美酒(びしゅ)鍋」

今回、伊藤さんが紹介してくれたレシピの一つ目は、杜氏らしいチョイスの「美酒(びしゅ)鍋」。

柴田酒造場では蔵人たちの賄い料理として、また、酒米の初洗いや甑倒し(こしきだおし)など、酒造りの区切りとなる日などに蔵人皆で囲む鍋だそう。

作業服がびしょびしょになることが多いことから蔵人を「びしょ」と呼び、そこからなぞらえて「美酒(びしゅ)鍋」と呼ばれているとか。

「美酒鍋は、蔵人が食べても利き酒などに影響が出ないよう、清酒と塩で味つけしただけのあっさり味。でも食材から出る出汁とお酒の旨みだけでじゅうぶん美味しくいただけます」

調理の様子を見せてもらっていると、とにかく手際がいい。どんどん食材をカットし、そしてテキパキと炒める。さらに手を止めることなく穏やか的確にインタビューに答え続けてくれる伊藤さん。さすがは杜氏だな、と妙に納得。

「食材はレシピの野菜をベースに、好きな野菜を足したり、冷蔵庫の残りものでアレンジしてもらってもいいですよ。食材を炒めるのは味をしみ込みやすくするため。このひと手間が大事です」

驚いたのは、躊躇なく酒をドボドボッと鍋に注ぎ入れた瞬間。しかも料理酒ではなく、清酒。なんて贅沢!

「あっ、料理酒という発想はなかったですね。普段家で料理する時も清酒しか使わないので(笑)。お値打ちなもので全然構わないので、この鍋にはぜひ清酒を使用して欲しいです!」

そんなやりとりをしているうち、あっという間に鍋が完成。

実は、塩と清酒だけで本当に味が出るのかな、と考えていた筆者。しかし、試食させていただくと、あら不思議。これまでに味わったことのない感動的な美味しさ!

酒の豊かな風味とまろやかさが、野菜やお肉から出た出汁と溶け合い、あっさりとした中にコクと奥行きのある味わいが口の中にしみじみと広がります。

鍋料理には珍しい砂肝も、清酒を使うことで下茹無しでもまったく臭みを感じさせません。

もちろんアルコールは飛んでいるので、お酒が飲めない人や子ども安心して食べられます。

ちなみに、この鍋に合う日本酒も聞いてみました。

「薫りが立ち過ぎない純米酒がおすすめですね。柴田酒造場のお酒なら『山廃(やまはい)』が合うと思います。常温か少し燗をつけてもいいですね」

「美酒鍋(びしゅなべ)」レシピ

〇材料(5人前)

  • 豚バラ肉 500g
  • 厚揚げ 2枚
  • 鶏肉 500g
  • ピーマン 2袋
  • 砂肝 500g
  • 白ネギ 3本
  • 白菜 1/2
  • 玉ねぎ 2個
  • こんにゃく 2枚
  • 椎茸 2袋
  • ニンジン 1本
  • 厚揚げ 2枚
  • にんにく 1片
  • 清酒 適量
  • 油 少々
  • 塩 少々
  • コショウ 少々

〇作り方

  1. 鍋を温め、油をひく
  2. ニンニクのスライスを入れて、香りが出たら豚バラ肉を入れて炒める
  3. 鶏肉を入れる
  4. 砂肝を入れる
  5. 野菜、こんにゃく、椎茸などをいれる。
  6. 塩、コショウを適量入れて炒める
  7. 清酒をたっぷり入れる。(具材が浸るまでは入れない)
  8. 味が薄かったら塩コショウを、濃かったら清酒を入れる
  9. 野菜がしんなりしたら完成。煮込んではいけない。
    (好みに合わせてコショウをふって食べる)
  10. 一度に全部作るのではなく、中身を食べた後にもう一度最初から作る。

◎これぞ最高の酒肴!「砂肝とねぎの塩麹炒め」

レシピ2つ目は手軽にできるおつまみを紹介。

ぜひ日本酒と合わせて欲しいと、考えてくれたレシピです。

塩の代わりに甘辛さが加えられる塩麴を味つけに使った、ごま油とネギの香りが食欲をそそる一皿になっています。

「発酵食品である塩麴は日本酒との相性も抜群です。このレシピには、キレと酸味があり、その後旨みへと変化していくような日本酒が合うと思います。脂っぽさをすっと流してくれるので冷酒がおすすめです。柴田酒造場の『生酛(きもと)』をぜひ試してみて欲しいですね」

「砂肝とねぎの塩麹炒め」レシピ 

〇材料

  • 砂肝(スライス) 1パック
  • ☆塩麹 大さじ1
  • ☆すりおろしにんにく 小さじ1
  • ☆レモン汁 適量
  • 長ネギ 1本
  • ごま油 大さじ2
  • 白すりごま 大さじ1
  • 黒コショウ 適量

○作り方

  1. 砂肝(スライス)をお湯で5分程茹でてザルにあげておく
  2. 長ネギを粗みじん切りにする。
  3. ボウルに水気を切った①と☆を入れる。
  4. フライパンにごま油と②を入れて中火で3分ほど炒めて
  5. 香りがしてきたら③を入れる
  6. 仕上げに白すりごまと黒コショウを加え、3分程炒めれば完成。

今回の職人

職人データファイル:001

伊藤静香さん

柴田酒造場

愛知県岡崎市/杜氏

老舗の酒造場で酒づくりをまとめる職人。

https://www.shibatabrewery.com/

次回予告

日本の伝統文化に携わる職人に、その仕事に対する想いとこだわりのレシピをインタビューするメディア「職人めし」。今回、柴田酒造場さんから紹介していただいた「職人」は同じ岡崎市内でこだわりの日本茶を栽培・製造する「宮ザキ園」さん。

ぜひ次回の記事もお楽しみに!