志野焼に息吹を吹き込む陶芸家が日々食べるのは「日本のファーストフード」

仕事やモノづくりへのこだわりと同じく、食にも独自のこだわりを持つ職人をフィーチャーする「職人めし」。

第13回目の今回は岐阜県土岐市で荘山窯の四代目・林健人さんに、日本らしさが溢れる志野焼の世界と、毎日食べているという日本の伝統的ファーストフードについてお話をお伺いしました。

“町場の陶器メーカー”の四代目は、放浪!?

「志野焼は日本生まれの焼き物なんです」と話すのは、荘山窯の四代目を背負う陶芸家の林健人(はやし たけと)さん。美濃で生まれた志野焼は、人肌に近い温かみを持った素朴で優しい日本らしさがあふれる陶器だと、その魅力について語ってくれました。

林さん 正に古田織部の世界ですよね。何か日本人の心とか、性格が表れているような気がしています。もともと志野焼というのは、中国の白磁を日本でも作れないかと挑戦したのが始まりなのですが、赤みが出てしまって失敗してしまったんですよね。ただ、それが日本人から見ると「味がある」というように感じられた。どこか歪んでいたり、欠けていたりという完璧過ぎないというところが日本の心にあったんだと思います。

荘山窯のある一帯は日常で使われる陶器を数多く作る「町場のメーカー」が多い地域。町全体が陶器の産地であることもあり、家業の跡を継ぐことは自然な成り行きだったと林さんは話します。

とはいえ、ただ真っ直ぐに陶芸の道を歩んで来たわけではなく、大学を卒業してしばらくは家業の手伝いやアルバイトをしながら「放浪の旅」を繰り返していたそうです。

林さん いずれ家業に入るのだから、今しかできないことをやりたかったんだと思います。数回に分けてにはなりますが半年ほどかけて日本一周し、その後海外、欧州を中心に放浪して回りました。ただ、は特に観光をするということもなく「ただそこにいる」という事が多かったですね。その場の空気を味わいに行っていた感じです。ただ、先輩のバックパッカーの方からは「何をもったいないことしているんだ!」と怒られることもありました。

バックパッカーの先輩から怒られるたびに、いろんなことを考えてきたという林さん。およそ3年間にわたる放浪の旅で味わってきた様々な「空気」が、現在の陶芸家として活躍する林さんの作品の魅力に反映されているのだと感じました。

ヒミツは「マホウ」!? 多くの作品を送り出す林さん独自の効率UP法

土を練るところから始まる陶器作り。成形、乾燥、素焼き、絵付け、本焼きなど様々な工程を経てようやく完成へと至ります。その工程を全てにない、数多くの陶器を生み出していく林さんには、効率的に仕事を進める独自の方法がありました。

林さん 以前はろくろを回すならろくろを回す、絵付けをするなら絵付けをすると、工程ごとに仕事をためて集中してやっていたんです。しかし、それだとどうしても途中から調子が狂ってくるんですよね。感覚を失ってくるというか。

なので、今はちょこちょことやっていくように変えました。朝にろくろを回して、集中力が切れたら絵付けをして、昼からは土を練って、釉薬を作って、出荷作業をして、ちょっとでもやりたくなくなったら次の仕事に移っていっています。

林さんは「間法(まほう)」と呼ぶ仕事の進め方。一見すると効率が悪いように思えますが、実際には効率が上がるそうです。自然に任せて自分のペースで仕事を切り替えていくのが、無理をせずに長時間仕事が出来る秘訣なのでしょう。

そんな林さんが思い出に残っている仕事が、温泉施設から注文を受けた大きな湯涌。施設の中でも最も注目が集まる場所に設置されるということもあり、非常に難易度の高い仕事だったそうです。

林さん 一度に2個しか焼くことが出来ないほどの大きなサイズですし、成形して運ぶだけでも大変、毎日心が折れそうになるほど難しい仕事でした。でも、出来たんです。それも、普通は行う素焼きを飛ばして、一発勝負で焼き上げたんですよね。

今考えると大冒険もいいところなんですが、色も形も思い通りの物を焼き上げることができました。

今同じ事をやったとしても上手く行くとは限らないと話す林さん。それでも、この大きな仕事をやりとげたことは林さんにとって大きな自信に繋がり、今では「あの時これが出来たんだから、こっちも出来るはずだ」と思えるようになったそうです。

同じようにやっていても決して同じものを作ることが出来ないのが陶器の世界。例え同じ工程で作業を進めていても、ほんのわずかな湿度の違い、釉薬の厚みの違い、空気中の埃の違い、熱のかかり方の違いで出来上がりは全く変わってしまいます。それが、陶器の難しさであると同時に醍醐味にも繋がっていると林さんは話します。

林さん 今はいろいろ調合や組み合わせで実験するのが楽しいですね。ただ、「これとこれを混ぜたらどうなるか?」とやってみても結果出るのは三ヶ月後なんで、つい忘れちゃうんですよ。出来上がってから「えーっと、これは何だっけ?」という感じになることもあるんですが、それもまた楽しいんです。そして、そういうことを繰り返していくうちに、何かスゴイものができるじゃないかなとワクワクします。

国産の茶陶ではわずか2つしかない国宝のうちの一つが、志野焼の茶碗である「卯花墻(うのはながき)」。

この卯花墻のように万人に認められるようなものを作りたいというのが林さんの大きな目標です。

とはいえ、卯花墻をそのまま模倣再現するのではありません。卯花墻を最終目標として、今の人たちの感覚に合ったものを作るにはどうすれば出来るのかというのを模索し続けています。

「まだどうやったら出来るかは分かりません」と話す林さん。先人たちの様々な挑戦から得られた知見と若い頃の「放浪の旅」で触れてきた様々な風景や体験などが融合することで、林さんの思いがこもった魅力溢れる陶器が出来上がっていくのだと感じました。

ランチに食べるのはあの放浪画家も食べていた日本のファーストフードの原点「大きなおむすび」

「ご飯が好き」という林さんが、毎日お昼ご飯として食べているのが「大きなおむすび」。仕事の合間にちょっとずつ、数回に分けて食べるそうです

林さん おにぎりって作り置きが出来て食べやすく、具もいろいろ返られる。何より形がかわいいですよね。三角のあの形が好きなんです。欲を言えば山下清のあの大きさ、あれが良いんです。

様々にバリエーションのあるおにぎりの中でも、梅干しや昆布、鮭などの定番のものが好みという林さん。その中でも一番好きなのは「塩だけの白いおにぎり」とのこと。事務所には常時大きなおにぎりが置いてあり、小腹が空いたなと感じたり、ちょっとパワーがいる仕事の前のタイミングだったりなどで少しずつかじっていくそうです。

夏は塩気を少し強めで塩分補給。素敵な陶器を焼かれる陶芸家を支えるのは、日本の原点ど真ん中なおにぎりでした。

「職人めし」レシピ

大きなおむすび

材料

材料分量備考
ご飯お茶碗大盛り2杯
適量
梅干し1個

作り方

手順調理内容
1(塩むすび)手のひらに塩をまぶし、その上にご飯をのせて握る
2(梅入りむすび)手のひらに塩をまぶし、その上にご飯を半量のせる
3ご飯の真ん中に、種を取り除いた梅干しをのせる
4残りのご飯を上からかぶせ、握る

今回の職人

職人データファイル:013

林健人さん

荘山窯 四代目

岐阜県土岐市/陶芸家(志野焼)

大学卒業後、父親である伝統工芸士・林亮次氏のもとで、荘山窯にて修業を始める。

その後、各地のギャラリーにて個展を開催するなど実績を積み、現在に至る。

http://www.chuokai-gifu.or.jp/tajimi/minoyakisquare/shouzangama.html

次回予告

日本の伝統文化に携わる職人に、その仕事に対する想いとこだわりのレシピをインタビューするメディア「職人めし」。次回の「職人」は岡崎市内で石彫刻の制作をおこなう戸松和宏さん。

ぜひ次回の記事もお楽しみに!